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《作》神たるための墮天(サクリファイス)

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※軽くえぐいよ。

第三次北威戦線。
隣国ベルンバルト王国より我がスウ゛ェロニア帝国までの広範囲に渡って繰り広げられている、北の蛮族との戦火。
広がる脅威に対抗するため結ばれた譜謳同盟により、戦火は絶えずとも新たな広がりを見せることはなくなっている。
今最大の被害を生み出しているのは、我が国境内北の楽園と呼ばれた美しい土地だった。
結ばれた条約の元、国の隔たりを超えて展開するもうひとつの蛮族、ベルンバルト第1軍団のおかげか一応国境は守りきれているらしいが、それもいつまで続くか分からない。
確固たる指揮官を抱かぬ譜謳両国軍は完全なる指揮系統を確立している訳ではないらしく、聞こえてくる噂によると、双方軍頭の間で位が高かったベルンバルト軍北方方面隊臨時司令官が指揮を取っているらしい。
どのような男かは知らない。
ただその指揮官も、未だ未熟であるそうで、歴戦の猛者をも集めた戦線で、敵軍を押さえ付けるのがやっとだとか。
俺は自国の隅で繰り広げられる苛烈な争いを前に、城に篭るしかできないのだ。
現皇の意向で完全なる傍観者に回ったフローウ゛ァン皇国の親友、皇太子ファウストが周囲の反対を押し切って駆け付けてくれたのは精神的に大きかった。
自国の問題でありながら、僅かな軍勢しか派遣させず、成り上がりの王国よ蛮族の国よと罵るベルンバルトの猛者たちが血を捧げ、狂い踊るのを当然と踏ん反り返る母女王にも、派兵された自国軍が疲弊してゆく様をもまるで興味がないかのように掃いて捨てるベルンバルト王アルベルト閣下にも、純粋な恐怖しか感じない。
あれが王座、国家元首たる者の定めならば、大人になどなりたくはない。
例え、近づく血の気配に、ふたりただ震えるだけであろうと。
それでも戦線に少しでも近いこの城に篭ったのは、少しばかりの反逆。
何もできぬばかりではないと納得するための、自己欺瞞。
俺達はまだ子供だ。
城内が俄かにざわめいた。
血の臭い。
戦線から馬を飛ばして来たのだろう一団が、固く閉じた城門を開け放つ。
「何事ですか」
この城を任された侍従長が叫んだ。
一行を離れ、城内へ飛び込んできた兵士が、たぎらせた血も熱く膝を折った。
「北方戦線ベルンバルト第1騎兵が中尉、ルドルフ・バーンと申します。我が戦線にて小異ならざる問題発生にて、重傷者の手当がため、貴城に足を踏み入れることお許しいただけませんでしょうか」
切れた息をものともせず、一息で言い切った青年は、最後に深々と頭を垂れた。
侍従長はちらとこちらを伺い見る。
俺達が怖がるだろうと踏んで。
しかしいくら王族とは言え、人の命とは代えられぬ。
彼女は意を決したように前を向いた。
「お入れなさい。曲がって左の扉の奥に、客人用の部屋がございます。いくら汚そうがかまいやしません。存分にお使いなさい」
「ご配慮、痛みいります!」
直ぐさま踵を返した中尉の背が扉に消え、侍従長は静かに呟いた。
「殿下。よく見ておくのです。これが貴方がたがこれから飛び込む世界の一端。戦場の美学ですわ」
かつての大戦、最前線で地獄と化した村の出である彼女は、かの地で行われた所業とこれから行われる残虐な医術を知りえているのだろう。
僅かに戦いた俺達が彼女を振り仰いだ時、怒声と共にかの一団が駆け込んで来た。
「左だ!」
「麻酔は?」
「そんなもの、とっくに尽きてますよ!将軍閣下が、一般兵に回しちまったから!」
「ちょ……ハインリヒ!ちゃんと脚持てって!」
「あーあー、うるせぇ!そんなことより、今は運べよ馬鹿!」
怒鳴る男たち。
駆け抜ける者は皆血と泥に塗れ、先に言われていなければ悲鳴のひとつでも上げていたことだろう。
現に、侍女の幾人かは金切り声を上げて目を覆った。
怒号の中に聞き覚えある響きを見つけ、思わず声を上げた。
男たちの中で、未だ変わりきらない高めの声を張り上げていた少年――ライマーとハインリヒが驚いたようにこちらを見遣る。
彼等の姿は、かつての王室で見たきらびやかなものではなく、取り囲む兵士たちとどっこいどっこいの薄汚れたものだ。
先に立っていたハインリヒが、脇に抱えた二本の脚を取り落とし、二人掛かりで抱えた人影を揺らす。
途端に青ざめたライマーが「馬鹿!」と怒鳴った。
先達ハインリヒに両脚を、背後のライマーに両脇を抱えられた人影が、荒い息の下、静かに呻く。
息が止まるかと思った。
誰よりもボロボロで、誰よりも赤き染め粉を纏い、誰よりも消耗した死にかけの兵士。
信じられぬ。
ただされだけに息を吐き出すしかない。
「ベルト」
遠き友のひとり。
ベルンバルトの次期王、アーデルベルト。
「何をしているんです、急ぎなさい!」
大人たちの叱責を受け、青ざめた少年二人が駆け出した。
鮮やかな城内、飾り立てられた部屋の中へ。
純白のシーツの上、無造作に放られた負傷者は、一度身を縮めかけたが、脇腹に走った激痛に顔をしかめ、ぶざまに手を引き攣らせただけだった。
駆け回る大人の群れ。
軍医と思われるひとりは、手にした鞄をあさり、何やら探している。
「どうなんだよ、センセイ!」
「弾が抜けていません。肩の傷も完全ではないと言うのに、このまま放っておけば、化膿と壊死を繰り返した後に破傷風すら併発します!」
ライマー、ハインリヒ、軍医が静かに呼ぶ。
手には、刃こぼれすら起こした小型のナイフ。
「殿下を押さえておいていただけますか。渾身の力でです。恐らく、痛みからくる狂乱は今までの比ではない」
「っ……えぐり取るのか?」
「勿論」
「そんな!こんなに痛がっているのに!熱だってあるんだぞ!」
歯を食いしばり目を反らしたライマーに代わり、顔を真っ赤にしたハインリヒが叫ぶ。
「傷から来る熱です!いくら強引だとはいえ、貴方は殿下を殺すおつもりですか!」
ハインリヒが息を呑んだ。
死ぬ?
奴が?
ぞっとした。
公の場で笑いあって、どれ程だと思っている。
ついこの間まできらびやかな衣装に身を包んでいた彼が。
観念したのか二人の少年はそれぞれに、横たわる少年の身を押さえ込んだ。
息をひとつ、振りかぶり、煌めくナイフ。
柔らかな肉に突き立てられると同時、焦点の定められなかった瞳がかっと見開かれ、どこにそんな力が残っていたのか、獣よろしき悲鳴が轟いた。
思わず目を反らした。
絶え間無い激情、暴れ狂う手足は、押さえ付けられているとは言え、いつその拘束を逃れその拳が振り上げられるか分からない。
嗚呼、これは人ではない。
死にかけの獣だ。
例えその叫びが、人の言葉の色を帯びてきたとしても。
「愚民どもが、いっそ殺せぇえ!!」
溢れ返る涙、傷口から溢れ出した血潮がシーツに滴り、赤い染みが広がってゆく。
埋め込まれた弾丸を捜すごとく体内で泳ぐ刃。
鋭い切っ先の角度が変わる度、呪いは悲鳴に墜ちてゆく。
にぎりしめられた拳は爪跡痛々しく、押さえ付けられたヵ所は赤黒く跡が走っている。
あれが俺たちの友。
あれ、が?
片腕の拘束が解けた。
振りかざされる爪に頬を一陣引き裂かれ、舌打ちひとつ、ライマーが傷だらけの脚をもって肩を踏み付けた。
唸る獣。
身を捻るも、今度はがっちりと押さえ込まれ、哀れな悲鳴を上げるだけ。
刃が僅か持ち上げられ、ひゅと喉が鳴る。
頭を仕切に振り乱し、痛みを堪えていたが、流石の動きに堪えられなくなったのだろう。
血走った目を煌めかせ、己が左肩を押さえる足首へと歯を突き立てた。
ライマーの顔が引き攣る。
つぷりと肉を裂く犬歯。
伝う一筋の鮮血と同じく、血の味に理性醒ました獣は、諦めたように伏せられた瞳からはらはらと涙を流した。
煌めく刃。
その先には、潰れた鉄の塊。
「殿下!」
がくりと動かなくなった少年に、辺りが俄かに騒がしくなる。
血と脂で粘つく指もそのままに、脈を探った軍医は小さく息をついた。
「意識を手放しただけです。今のうちに手当を」
手早く縫合を施し、包帯を巻き始めた医師に、ようやく空気が綻んだ。
改めてみると、やはり皆一様に疲弊している。
これが、戦争。
近しい友に何が起こったのか詮索することすら忘れる程に、濃厚な絶望の色。
怠惰すら漂い始めた室内に、盛大な音が轟いた。
開け放たれた扉。
立っていたのは、まだ武き戦場の空気を纏った、ひとりの兵士。
ぼさぼさの赤毛と、左目から頬に走る傷。
畏怖と期待を込めて呼ばれる最強と名高き傭兵。
ほとばしる狂気にたじろいだ隙にずかずかと足を進めた蛮勇は、ベッドの脇で脚を止める。
ふふん、と嘲りの息を一つ、ベッドサイドに乗り上げ、くたりと横たわる少年の頬を張った。
むせ返り、うろんな瞳を開く小さな身体。
その眼前僅か数センチのところに、血まみれの剣が立てられる。
一気に緊張が走る。
にやり、不敵な笑みを浮かべた蛮勇が転がっていたナイフを手に、頬へと添えた。
滴る朱の線がうつろな瞳を辿り、小さな呻きを零す。
「よぉ、クソガキ。もう離脱かい?」
明らかな侮蔑に、少年はようよう焦点を合わせたがごとく、「シリウス、」と囁いた。
「戦況は」
掠れた声が呟き、ナイフが取り払われた。
「最悪。史上最強に最悪」
返された言葉に、そうかと一言、ほうり出されていた手を引き寄せ、ぐっと力を入れる。
傾ぐ身体。
明らかに無理をして身体を起こそうとする動きに思わず駆け寄ろうとした医師を制止して、蛮勇がその腕を取った。
引き上げられる身体。
激痛に歪む顔。
崩れかけた身体を支え、鼻で笑う。
「いつまでもへばってんじゃねぇよ、餓鬼が。こんなとこでおっちんじまっていいってか?」
「はは、そうなれば父は喜ぶだろうな」
「へぇ、お前嫌われてんのな」
「俺は、この世の全てから嫌われるために生まれた人間なんだよ」
きょと、と瞳をしばたかせた蛮勇が、「根拠は」と問うと、「神との、約束だからだ」との声。
「はっは!いいな、それ。じゃあ俺様はテメェの力を愛してやるよ。だが、今はまだだ。戦場の主たる者はそう簡単に倒れちゃいけねぇ。確かな勝利を分捕ってから、墜ちるもんだ。おい、北方十字軍よ。立て、剣を取れ。このまま朽ちたくはないだろう?」
少年は、僅かぐっと唇を噛む。
「俺は、父にすら死を望まれる身だぞ」
「だからだよ。お前は決していい王にはならん。ただ、神となるべき器だ。残酷無慈悲な戦闘神。俺はかつて、一人だけ見たことがあるのだよ」
それを己が手で作り上げてみたい、と好奇に輝く瞳を前に、少年は疲れたように笑った。
「行くぞクソガキ、まだたおれるにゃ早いだろう?」
なぁ、北方方面隊臨時司令官様サマよ。
愕然とした。
あの戦線で指揮を取っているのが、あいつだと?
俺達とさしてかわりゃしない子供が。
アーデルベルトは、そこで初めて俺達の存在に気付いたが如く青い瞳を小さくしばたかせた。
そしてふと目を伏せて、何を告げることもなく、きりと前を見据えた。
傷だらけの姿で。
血だらけの身体で。
付き従うのは、ふたりの従者。
先達薙ぎ払うのは、ひとりの蛮勇。
何万の兵を率い、求めるは、神の解脱。

090720
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《作》年若き覇者(アウ゛ァルト)たちのポルカ

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ベルンバルト。
我が国はそう呼ばれていました。
深き森を腕(かいな)に抱き、雌伏する狼のように息づく獣。
他国を食らい、侵略してこその世界で、獣は随一の力を持っていました。
王国となった数百年を数えても、いくつの小国を喰らったか知れません。
砕けた巨大帝国の末裔は、突如勃興したこの獣によって再び相見える運命にすらあるのではあるまいか。
そう思わせる程に。
それはつまり、この国の歴史が血の海を掻き分けるがごとく作られてきたことをも表していましたた。
男は戦場へ。
剣を取れる者は、死の賭博へ。
死、若しくは死を。
殺せ殺せ殺せ殺せ!
唯一の平和と呼ばれる先代の世も、侵攻を繰り返す北の武国との国境戦が絶えることはなかったのだそうです。
ふと息をついた時、皆一様に考える。
点在する古城、美しい童話の数々、景観深き森と海を得たこの国に、なぜかその地獄は相応しく思えました。
この国は血よ。
血によって産まれ、智によって育まれ、血によって生きながらえている。
そんな、国。
戦場から離れた内陸のひとつ、北東ヒルトの地に、美しい古城がありました。
ルーベリア(宝玉公)と呼ばれるこの城に上がって、幾年経ったでしょう。
王族の避暑地として知られたこの城に、普段響かない笑い声がこだましました。
久方ぶりのお客様。
次代王と誉れ高い、我らが王子様一行が滞在中なのです。
権王、アルベルト王唯一にして、純血の特徴をまざまざと有した、愛らしい天使。
愛らしい声で呼ぶ天使たちは、まだ私の腰程の身長で、犬ならば盛大に尻尾を振っているだろう大歓迎で私の身体に抱き着いてきました。
汗でぺたりと張り付いた髪の毛を振り乱し、にっとこちらを見上げる。
よく日に焼けた赤茶の髪の懐こい子と、それを引っぺがそうとする僅かくすんだ金糸の子。
停戦を機に、条約の均衡を守るため遣わされた、隣国の愛らしい王子たち。
卑怯な大人に利用されながらも屈託なく笑い合う彼等に知らず頬が緩みました。
彼等が覇権を得た暁には、この国も安泰でしょう。
もしかしたら、あの微妙なパワーゲームすら無くなっているのではないのかしら? そう思わせる程に。
「ねぇ、ライラ。今日は皆で剣の稽古をしたんだよ。僕とカミーユが1勝ずつで、あいつが全勝」
「馬っ鹿! 言っちゃだめじゃないか。俺たちが弱いみたいに」
「弱いんじゃないの?」
「……弱くないっ!」
可愛い争いをはじめた子犬たちに、笑いが零れました。
西の帝国、王位継承第1位のカミーユ・ビュケと、南の果て、大海に抱かれた海洋貿易皇国嫡子、ファウスト・ルッカ。
我らが未来の王者の親友にして、未来を担う天使たち。
血の戦場から遠ざけられた彼等は、大人たちの思惑の外で確かに純粋な生を紡いでいます。
大理石で出来たプロムナードに、子供らしい声が上がりました。
駆ける黄金色。
鮮やかな海の瞳。
背負った剣もまだ大きな子犬が。
私に縋り付いていた子犬たちが振り返り、ばら色の頬を綻ばせます。
「アーデルベルト!」
呼ばれた少年は、むっと顔をしかめると、拗ねたようにそっぽを向きました。
「ご機嫌麗しゅう、殿下。今日はどこへ遠乗りに?」
その様が余りにも分かりやすく、私は必死で笑いを堪え、至極丁寧に膝を折ってみました。
方々についた葉や蜘蛛の巣を取ってやりながら頭を撫でると、「裏庭」と素っ気ない返事。
嗚呼、まだ彼等も子供なのです。
しかしながら彼等もいずれは国を担う者。
叶わぬ願いだと知りながら、願ってしまうのは仕方がないでしょう。
嗚呼、この愛らしい子らの誰もが血に塗れることがなきよう!
我が殿下は、数度会ったのみの血の繋がった東国の王子より彼等との仲を育んでおりました。
それこそまるで、兄弟のように。
「殿下、御勉強の時間ですよ」
聞き慣れた彼の乳母の声。
わたくしよりいくつか歳上な程の彼女を《乳母》と呼ぶのも違和感は残るが、どうしてもこの少年を育てたのは彼女なのです。
母を失った子。
父に愛されぬ子。
この国の、未来。
「げっ、アンネローゼ! カミュ、ファウスト、逃げるぞ!」
「御意」
「了解!」
きゃはきゃはと高い笑い声を道連れに、転がっていく子犬たち。
スカートをものともせず駆け寄ってきた乳母様は、遠ざかってゆく背に私の隣で息をつきました。
「相変わらず、ですね」
私が笑いを零すと、彼女はやれやれと肩を竦めてみせた。
「あれで、本当の王になれるのやら」
「あら、大丈夫ですわよ。彼等が王位を継げば安泰だと思いませんか?」
「………そりゃあ、今なら、ね」
「変わるとお思いなの?」
あんなに仲がよいのに。
他意なく問うと、彼女は僅かに表情を曇らせました。
「運命とは、分からないものよ」
吐き捨てるように呟いて、彼女はまた息を切らせました。
あの子犬たちは、国。
そのものであり、未来の覇者。
天使はメビウスの輪を転がし、彼等もいつか赤き血潮を駆け抜けるのでしょうか。
でしたらどうか、あの子らが互いにいがみ合うことのなきよう。
剣を交えることのなきように。
暖かな日差しの中、世界はどこまでも平和でした。


090719
category小説

《作》ある属国における王女のシンフォニィ

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わたくしの王座の隣には、美しき帝国がございました。
遥か彼方、新緑深き空の下、その帝国は朱き血潮胎動し、遠き過去に刻み付けられた記憶を辿るように生きておりました。
わたくしはただ、極彩色の王冠を抱き、ふわりと柔らかな布波(ペリエ)に包まれ、彼の存在をも知らず、ぬくぬくと暮らしておりました。
異なる神を持ち、異なる言語を操るわたくしを、しかし彼らは見つけだしたのです。
船に乗り、街道をゆき、澪を超えて、ゆら、ふらふらと。
一時。
にわか一時は良好だったのです。
彼らが王はわたくしの文化を愛してくれましたし、何より彼は強かった。
わたくしの王座の隣には、濃厚にかの国の存在がありました。
剣を翳し、盾をもって打ち砕く、素晴らしき騎士の影が。
表だっては独立国を貫いていたわたくしを、陰ながら支えていたのは間違いなくかの国だったのです。
しかしながら、時はうつろい、神は失われるもの。
我らを護り、慈しんでくれたかの帝王が倒れ、病魔に伏せた時、力に勃興を果たしたのは、紛れも無い彼の息子でした。
アルベルト・ブライトクロイツ。
血染めの王子。
彼らはわたくしの存在を認めはしませんでした。
彼の息が細くなるにつれ、税の加算、内政への干渉、果てには信仰にまで絞められる手は伸びてきます。
そしてついに、頼みの綱であった彼が崩御したとの文がこの手に届いた時、かの国はついに我が地にその蹄を返したのです。
永き暗黒の時代の始まりでした。
我が民は、官民問わず奮戦しましたが、それでもあちらは産まれながらの猛者――。
長らく続いた戦も、終わる時がきます。
かの王は、わたくしたちの神――引いてはわたくしたち自身の存在そのものが気に食わぬようでございました。
きっと彼らは、振り上げた剣を下ろしはしないでしょう。
これは、確信に近い絶望でした。
だからこそ、わたくしは申したのです。

――わたくしが最後のヒトバシラになりませう。惨殺でも晒し首でもご自由になさいませ。
しかし、わたくしが最後でございます。
わたくしが我らが神と朽ちて差し上げます故、他の者には、決して手を出しますな。
でなければ、我らが神はこの身をもって再び飛翔し、貴方がたの未来に暗雲をもたらすでせう。

元が信心深い民族です。
王は何も言いませんでしたが、ただわたくしの身を自由としました。
彼の国でのみ。
本来なら、このような寒き地で朽ちたくはございません。
温かな我が祖国。
あの大地に抱かれて眠れるなら、何と素晴らしいことか!
しかしながら、わたくしも今は囚われの身。
贅沢など言ってられはしません。
わたくしが今考えるべきは、わたくしのささやかな望みより、我が民の平和。
それのみ。
かの国の北果てに、美しい塔がございました。
入口はひとつ、何十にもかけられた鍵に護られた、ただ一つの部屋。
かつて狂気を起こした王族を幽閉しておくために作られたそれは、正しくわがために作られた牢獄のようでした。
北へ向かうわたくしに、彼らは何も言いませんでした。
かの地の先には、彼以上に過酷な時代を生きてきた民が、静かに息づいておりました。
あるのは、死。
若しくは、死。
旅立ちの前日、わたくしの元を美しい少年が見舞いました。
鮮やかな稲穂色の錦糸、思慮深く慈悲厚き大海の瞳。
忌むべき彼らの特徴を全て備えたその少年を、しかしわたくしはいとむことができませんでした。
彼はむしろ、彼に似ていたから。
我が民を護ってくれた、大きな獣。
鋭い牙の使い方を知っていた、かつての大国に。
少年は、聞きました。
何故、そこまでして逝くのかと。
わたくしは微笑みました。
輪廻の上で踊るのに疲れてしまいましたの。
彼は、一瞬はっと目を見張りましたが、何か重いものでも飲み込むが如く、ゆっくりと瞳を閉じました。
再び現れたのは、鮮やかなアメジストの瞳。
わたくしは、息を飲みました。
その姿が、我が城を武力によって薙ぎ払った、あの年若き将校と酷似していたのです。
紅き血潮を纏い着て、鮮やかなマントを翻し。
血まみれの剣をもって、彼らの血まみれの神に祈る、烈火の死に神。
まさか、このような少年が――?
わたくしはすぐ、その考えを打ち消しました。
せんのないことです。
我が世界は終わる定め。
少年も、何やら軽くない罪に苛まれているようですし。
おかわいそうに、彼はまだ永久とも思える地獄に身を浸しつづけねばならないのでしょう。
わたくしはこの少年に、笑いかけました。
貴方のお名前は?
彼は少し戸惑って、しかししかと言葉を口端に乗せました。

アーデルベルト・ブライトクロイツ、

と。
嗚呼何とかわいそうなこ!
貴方が道先には地獄しかありはしないというのに!
少年は、その名そのものが罪悪であるがごとく顔を伏せました。
己を詰るように。
恥じ入るように。
わたくしはただ、困ったように笑いました。
だから何故、この名を口にしたのか分かりません。
彼ならば大丈夫だと思ったのでしょうか。
小さな騎士様、
わたくしの物語はこれで終いです。
しかしわたくしが死するなら、我が民と、貴方が為に祈りましょう。
シズナギ様は非道な神ではありません。
我が土地を共に生きる貴方に加護を――。
戦火の歌を歌った唇で、わたくしはようよう祝福の福音をもらしました。
白き土地へ。
我が神の力を借りて、大国という猛獣の首輪たらんとするために。

《失われたある福音の書による》

090718
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